top>CG/Novel>TW二次/Blooddy=Doll
TalesWeaver/OriginalSideStory~ 公式シナリオとは無関係です。
*Bloody=Doll
ぼっちゃま、そろそろお昼にしましょう。
彼はメードに呼ばれても、肩を叩かれるまで本に没頭する勤勉な少年だった。
暗い地下書庫に持ち込んだランタン―家庭に常備されている簡易なランプではなく、
冒険家が扱うような大きくしっかりとした作りのランタン―がいつも彼の傍にある。
その日も、彼は本を読んでいた。
「お昼ですよ、ぼっちゃま」
「うん。今行くよ」
床に仕込まれた地下書庫への入り口、メードは最早慣れた仕草で降りてくる。
彼と一緒に屋敷に戻ったメードのエプロンはどこにも汚れがなく、白がパアッと輝いて見えた。
「今日のオムレツは朝一番の産みたてタマゴで作ったのですよ。冷めないうちにまいりましょう」
このはつらつとしたメードは彼が苦手とする一人だった。
彼には沢山の苦手な人物が居た。
活気づいたメード達が苦手だ。
厳格な父が苦手だ。
時折訪ねてくるおしゃまな許婚も苦手だ。
人ばかりではなく、物も苦手だ。
自分の時間を奪っていく定時の食事が苦手だ。
今では明るい陽の日差しすら、どうして自分をそっとしておいてくれないのかと怨む程。
大好きなのは書物だけ。大好きなのは先人の遺した知識だけ。
暗い地下書庫に眩しいものはなく、自分を妨げるものもない。
彼が許す光は彼が片手に提げているランタンだけ。
「こんにちは、お兄様。朝はご一緒じゃなかったから寂しかった」
妹が、いちばん苦手だった。
「お寝坊は良くないわ。ラナ、明日はお兄様を叩き起こしてでも朝食に連れてきて頂戴」
「まあ、叩き起こすだなんて。……そうですね。明日ぐらいは」
彼女はメードと二人で笑っている、金色の髪のマリー。
彼よりも頭二つ分背が低く、彼よりもダンス一曲分は元気な性格だのに、とても淑やかな小さい淑女。
「ぼっちゃまは、夜は私に見つからないように書庫の奥に隠れておられますの。
いつも夜更かしになるのはラナがぼっちゃまをみつけられないせいでございます。
ああ、今日こそは。明日こそは」
「そうね。今日こそは私も寝る前にちゃんと「おやすみなさい」をお兄様に言うし、
明日こそはお兄様と一緒に朝のオレンジジュースを飲むわ」
妹が何故自分に対し、これほどの興味を抱いているのか見当もつかなかった。
昼の日差しに、マリーの髪が柔らかく光る。彼は黙って、目を背けた。
自分が持っているランタンほど明るくもないのに、どうしてあんなに眩しいのだろう。
夕刻。
彼はやはり暗い書庫で本を読んでいる。
史実、政治、魔術、思想……淡々と論文やレポートを報告した書物に人の匂いを感じる事はない。
人間が嫌いなわけじゃないさ。
時々、自らこう考える事があるのも彼にとっては不思議な感覚だった。
『自分にとって、自分の在り方などは些細な事』。すぐにそう思いなおすというのに。
「ぼっちゃま、お夕食の支度が出来ましたわ」
呼ばれた。
しかし、メードのラナとは声色が違う。口調も真似ているようだがとても幼い。
少しだけハッとしたような顔をして振り向いたが、それもすぐ書物に向き直る。
きっと今の彼は苦虫を噛み潰したような表情を、作っている。
そうせざるを得ないと思ったのだ。
暗い地下書庫のどうしようもなく狭い階段を下りて来るのは、ラナではなく――金色の髪のマリー。
階段が軋む音すら聴こえるこの距離で、ランタンの光を持って逃げるわけにも、
置いて逃げるわけにもいかない。
逃げる必要があるのか? 彼にはあるのだろう。否定してもそう直感するのだから。
「なんちゃって」
マリーの金色の髪が彼の視線の真横に届いた。
「お兄様! お夕食よ」
「今行くよ」
「今? 私も一緒に行くから、待つわ」
「マリーは戻って。ここは空気が悪いから……僕は、本を読み終えてから、行くから……」
「だめよ。それじゃスープが冷めちゃうわ。そうだ。これをお兄様にあげる」
暗い書庫に身も心も浸されたこの兄に何をくれると言うのだ。彼は思わずマリーを見た。
まず目に入ったのはマリーの金色の髪。それから笑顔のすぐ前に差し出された白い一枚の羽。
「綺麗な羽でしょ。午後に中庭で拾ったの。
これを栞代わりに挟んでおけば、お夕食の後もすぐにそのご本の続きを読めるわ」
だからすぐ行きましょう、と微笑んだマリーの前で、彼はどんな顔をしていたのだろう。
ありがとうとモソモソ呟いた彼と、その横でふわふわの髪を揺らし羽毛を携えたマリーは、
傍から見ればどんな風に見えたのだろう。
ともかく、マリーの手からそっと羽毛を受け取って開いたページに挟んだ。
――これは天使の羽だ。
彼と一緒に屋敷に戻ったマリーの髪には埃がついていた。
その程度でマリーの髪がくすんで見えるわけもない。
マリーから羽を受け取った彼には、もうマリーに手を伸ばす勇気もなかった。
食卓で待っていたラナが目ざとく埃を見つけて「だから言いましたのに」
とマリーの髪についた埃をさっと取った。
会話から察するに、どうやらマリーが兄を迎えに行く為に暗い書庫へ足を運ぶ事を一度は止めたようだ。
マリーがくすくすと笑った。
「でも、楽しかったのよ」
彼の日常の空間はマリーにとって非日常の空間だった。
だからマリーは「楽しかった」と言った。それだけの事だ。
少し変わった事があれば、大概の人間は楽しいと言う。ただそれだけの事だ。
彼の暗い書庫の日常は、それから数ヶ月も経つ事無く手の届かないものになった。
彼は今、明るい書庫に居る。ランタンは家に置いてきた。
古びた服も、家の気に入った蔵書も―これは同じ本が今の書庫にある為―
同い年の許婚も、御付のラナも。彼が持たされていた一切を置いてきた。
とある日、王宮から父に封書が届いたのだ。それは息子を王宮の研究室に預けないかという誘い、
否、要請とも言えるものだった。
まだ齢に15を数えた程の少年が持つ勤勉さと知識量を買った研究者が居たのだ。
断る術もあったが少年自身の強い希望により、彼は王宮の研究室で読書と研究に没頭する事となった。
暗い書庫よりも、きっとこれが自分に与えられる日常だったのだと。
ここは明るいけれど、彼にとても合う世界だ。
王宮ではあるが、彼はまだ社交界にコネクションを持つ必要はない。
研究室は別館にあり、かしましいメードは出入りしない。
ほの暗さも埃っぽさもなかったが、屋敷の書庫からすれば何十倍ともなる膨大な数の蔵書があった。
今日も蔵書を取って丁寧にめくっていた彼だったが、やはり腹は減る。
部屋に戻ろうと、羽の栞を慣れたてつきで本に挟み込んだ。
彼は後悔している。それが羽の栞に由来するものなのは知っていたが、
一体何に対する後悔なのかまでは判断がつかない。
手にすればマリーを思い出すこの羽をただ一つ置いてこなかった事か。
この羽をくれたマリーを置いてきた事か。
そもそもマリーから羽を受け取った事か。
自分がマリーから目を背けていた事か。
身も心もあの暗い書庫に染められたと思っていた彼だが、
今度は芯まで憂鬱という闇に染められてしまうのではないかと恐れ始めていた。
認めたくはないが必要なのだと賢い彼は気づいていた。否定もしない。
この考えを知られる事がない以上、意地を張っても仕方がない。潔く認め、決着をつけるのが最善。
だからさよなら。
明るく、暖かく、影のような僕を見つめてくれた。天使のような笑顔、とてもふわふわ。
金色の髪のマリー。
その決心も次の週にはあっさり砕かれる。
人間は感情や欲望、行動から成る必然の出来事だけに動かされているものではないのを知らなかった。
決定的に人間を動かす、偶然の運命は存在した。
マリーは書庫の階段で足を滑らせたという。
あの大きなランタンがマリーの傍で割れていたという。
ランタンから漏れた炎がマリーの左腕を焼いたという。
手に持っていたのはいつしか兄にプレゼントしたものと同じ種の羽だったという。
……笑わないマリーの枕元に何故かその羽が置いてある。
ラナが言うには、マリーは兄が置いていったランタンを探していた。
「書庫へ行ってはなりませんよ、お嬢様お一人では暗くて危ないところなのですよ」
「大丈夫。お兄様はいつもあのランタンを持っていたから、私も欲しいだけなの。
お兄様と一緒にいられるような気分になるかもしれないじゃない!」
しかしマリーは書庫へ行った。
兄がいつもあの書庫に居るのを知っていたから、ランタンを手にすると今度は兄が過ごしたあの書庫で、
自分も一日過ごしてみたいと考えた。
中庭でもう一枚みつけた『栞』を持って、書庫へ。
床下から聴こえた一瞬の騒音と硝子の割れる音で、倒れたマリーはすぐに発見された。
本当は左腕の他にも金色の髪が少し焦げていたそうだが、
寝台に寝かされているマリーの髪は以前と変わらぬ金色で、ふわふわだ。
彼はマリーの前で初めて泣いた。
殆ど呼ぶ事のなかった妹の名前を何度も泣き叫び、呼んだ。
彼の許婚も慣れ親しんだマリーを想い、彼の横で泣いてはいたが、彼の目には入らない。
彼は半狂乱で、誰にも見せた事がないほどにうろたえ泣き伏せる。
たとえ二度と会う事がなかったとしても、マリーはずっと居てくれるのだと思っていたのだ。
たとえ二度と会う事がなかったとしても、マリーはずっと笑い続けるのだと思っていたのだ。
マリーが、居ない。
そういえば王宮へ出る別れの前、最後に見たマリーは少し泣いていた。
自分が泣く番なんて要らなかったのにと彼は思う。
そういえば自分は最後までマリーの前で笑わなかった。
自分が笑う番なんて要らないのだと思っていた昔が愚かしく思える。
マリーは笑ってくれたのに、彼は笑わなかった。
ようやく呼吸を整えて、最後の涙を拭い取った時、彼は少し微笑んだ。
これでおあいこだ。少し泣いたマリーと少し笑った自分。
同じラインに立ったならまた始まれる筈だ。
「また笑えるよ。マリー」
僕がマリーを失うわけがない。
ふわふわの髪も低い背丈も着ていたドレスも全て同じものなのに。
笑わないなあ。それどころか動きもしない。
彼は寝台に眠り続けるマリーを見て首をかしげた。
ここにそのままのマリーが居るのにどうして笑わないんだろう。
命だってあるんだぞ。
マリーと全く同じ脳だ、生きているのにどうして動こうとしないんだろう。
脳に全てが保存されているわけじゃないのか?
やはり後輩が言っていた『魂』というやつか?
身体は魂の器だといいます。器の動力源、命を失うと、魂は天に還ってしまうでしょう。
既に還った魂は、たとえ同じ身体が出来たとて二度と戻ってきたりはしないのです。
そんなに重要なものか、その魂とやら。
身体があって、命があって、なのにその一つが欠けているだけでマリーは笑わないのか。
逆に問えば、魂があればマリーは笑うのか?
長い長い研究室生活でようやく人工の身体に命を宿す事に成功した。
なのに、結果はこれだ。歯がゆい事この上ない。
手に入れたのは、マリーの前で笑う勇気。マリーの髪に触れる勇気。
今ではマリーの髪が毎日梳いてやらなければちょっとくしゃくしゃになるものだった事も知っているし、
頬が実はこんなにも柔らかい事すら知っている。全てマリーの為のもの、マリーに関する事。
しかし肝心のマリーはまだ戻らない。
全てが永遠だというところまでこぎ着けたのに、その永遠が始まらない。
自分自身が魂を一つ持っている事に気づくまで、彼はしばし苦悩の日々を送った。
金色の髪をなびかせ天空にそよぐマリー。
愛する兄と一緒に、愛するマリーと一緒に、その身体は永遠の時を刻んでいる。
天空は彼女の姿を星に刻み、一つの事象としてそこに顕し続けている。
「その羽はだめ。お兄様にあげる羽だから、取っちゃだめよ!」
―end.
*「ブラッディドル・マリーの本体は上についてるおっさん」説を出し、
クラメンを萎えの境地に陥れたので、一回はサービスしてもいいだろう的に出したもの。
片手間に書いたものなので、状況説明だけが淡々と続くテキストになってしまったのですが、
個人的には血ドルネタはお腹いっぱいなので一旦これで。
▲