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 人は人を殺したがる。闘争本能、ほんの手遊び、彼らは他人が悔しがる姿を見て笑う。愉しかろう哀しかろう、いずれも泣いて。俺が殺す道はそんな普通のものではなく、終わりには憎しみのない笑顔がある。

 身の程知らずが最も血気盛んで、相手を知らない。どんなに葉が素早く彼女を囲もうとたった一度の魔法で全てをかき消せる。お前も使えるこの魔法でお前の目を閉ざしてやった。さてさて先に手を挙げたのはどっちだ!

 殺しあう中に平然と立ち尽くせば氷の矢が飛来する。全てを受け止めて身を翻し、斬り込めば意外と硬い感触で、ああこいつはただの足止めかと気づいた瞬間に後ろから袈裟斬り、倒れた後には笑顔が残る。

 強くなる事だけが彼らの最善。そのために何一つ厭わず、何も惜しまず、それまでに築いた全てを蹴り散らかしてやがて歪んでいった。全てが終わって、彼らは「強くなる事は無駄」だと言う。そして、人を殺しに行った。

 独りで歩いていたと思っていた道は、どうやら最初に神の手に取りこぼされて仕方なく歩いていた道だったらしい。ようやく"元"の場所に戻った俺は一匹の"敵"も逃がしはしなかった、それがひいては笑顔を作る。

 殺したくない、殺したくない、その行為のどこにも生産はない。人は傲慢になり、態度を改める事を覚えず、悪化するばかり。弱きは全て悪であり、そんな腐った価値観の中に身を置くのは嫌だった。殺しは悪であり、いかなる理由であれ……

 風の吹く城壁の上から、侵入者が見える。眼鏡を指先で動かして光を送り、向いたその顔に見覚えが無い事を確認したら後は手筈通りに、詠唱を開始、電撃を作り、殺すため、さあ。撃ち殺した後には俺の顔に笑顔が生まれる。



「それで?」

 彼女は鍛え上げた身体を赤いチュニックに包み込み、彼の首にレイピアを突きつけていた。

「お前、俺に勝てると思ってんの?」
「少なくとも、ボクの殺が先に出ればあなたは死にます」
「当然の結果だな」

 彼女は彼がよく知る人物で、彼に楯突く事はなかった筈だった。

「詠唱はさせませんので」

 彼にとっては邪魔な態度だった。こちらだって剣を持っているのに、それをまるで見ていないイスピン・シャルルは邪魔だった。この剣は魔法ステッキじゃない。一応尖っているし一応斬れ味もある。

「倒せると思ってる?」
「思いません」

 修練の度合いなど、たかが知れていた。

「じゃ、退けよ」

 レイピアが一瞬退いた。その隙を突くのはとても簡単で、少量の魔力を纏わせ軽く一閃。
 彼女が掲げるナイトシールドは易々とその剣戟を撥ねた。当然、後に続いたロールハッシュも受け止められ、彼に詠唱の間は結局与えられない。何故なら、退いたレイピアの動作は殺を発動させる為の一瞬であり、まさかの時。
 風を纏った一撃が更に通された、風牙刀は振り上げた一閃、振り下ろす一閃、剣を戻してもう一度振りかぶる一閃。

「魔剣なめんなよ」

 台頭した。ステップを踏み、もう簡単な詠唱一つで彼女を死に至らしめる事が出来る。

「俺は雑魚狩り専用だよ、モンスターでも人間でも」
「いつからそうなったんですか。いつからここでそんな事をしているんですか。あなたは望んでいなかった筈だ」
「台本通りだなぁ」

 殺しても何もないんだけどな。向かってくるからしょうがないんだよ。殺しに来るからしょうがないんだよ。守ってるからしょうがないんだよ。
 見ろよこの姿、明らかに台本とは違うだろ? "マキシミン・リフクネ"に犬の耳なんか生えてないな。この耳で辺りの気配を敏感に察知できる。こんな赤い鞄も背負ったりしないだろ? これは気に入ってるけど、紛れも無く守るために持ってるものなんだよ。殺されないためにさ。 こんな黄色い帽子もさ、お前は知らないだろうけど鞄と合わせると祝福がかかるんだよ。まぁこれも気に入って持ってたんだけどな。

「そういうわけで、この俺は台本通りじゃないんだわ。悪りぃな、イスピン」

 いつから台本を逸れたのか、彼自身も知らない。いつの間にかここに居た。
 もう台本の流れを覚えていない。俺は全く自由の身であった。舞台を乱す時もあれば沿わねばならない時もあり、逆に言えば何が起こっても彼には判別がつかない。
 それが「アリ」なのか、「ナシ」なのか、ともあれ俺なりに文句をつける事ぐらいは許されているだろう。彼は自由の身であるのだから。


 目覚めた。
 まるで夢でも見ていたかのように、否、まるっきり夢であったか。"マキシミン・リフクネ"は仰々しい椅子から立ち上がり、書庫を見渡した。血の匂いは煙草のそれよりも強く身に染み、書庫に戻った今でも取り除けてはいなかった。
 妙な舞台だったな。コートの内ポケットから煙草の残りを取り出そうとして、気づいた。
 まだ舞台衣装のままだった。あの面倒な舞台の劇中で好んで染めた赤いコートをそのままに戻ってきてしまったのだろうか。いや、それはない。この身体を着飾ることはないからだ、器は全て舞台に用意されている。"マキシミン・リフクネ"としてそれを操るだけの話で。
 ならば、まだ舞台は終わっていないのかと……振り向くと、窓辺に"イスピン・シャルル"が居た。元々のイスピンをかたどる赤いベレーもチュニックも変わっていないが、舞台で見たささやかなかんざしをその髪に挿していた。
 終わっていないのか。ならばどうしてこうなった。何がどうしてこうなった。この衣装を着ていた舞台でのマキシミンとイスピンは、ああも中途半端な小競り合いをするような関係ではなかった筈だ。無論、この書庫でもその筈だ。
 血の匂いはマキシミンの身体からではなく、イスピンの横腹から直に匂い立っていた。

「気がつきました?」
「お前、その怪我大丈夫なの?」
「自分でやったくせに、ったくひどいもんですよ」

 イスピンは新鮮なゾンビのような肉体を引きずってマキシミンと対峙した。

「さっき、ロングソードさんが来てこの書類をマキシミンに渡して下さいって」
「なんで?」
「出来る事があるそうです。さっきの舞台の延長線上で」
「そうでなくてだ、なんでお前がこれを渡されてるんだ」
「あなたに殺されて、ボクが先に戻ってきたからです」
「ああ、そう?」

 読み取れた文面は、舞台を作成する旨の契約書だった。ここで休んでいればいい。その姿と性格を複製する許可が欲しい。後の編集は代行する。箇条書きにするなればその程度の話であった。

「ここにサインすればいいの?」
「やるんですか?」
「……俺に出来る事ならなんでも」

 その性格がさっきまでの舞台に居た"マキシミン・リフクネ"であり、紛れもなく終わりが告げられていない事を示した。舞台で演じた性格は外見のように繕えるものではない。

「出来る事ならなんでも、って安請け合いするからあんな舞台になるんですよ」
「そうだな」
「必要とされるのであればなんでもよかったんですか?」
「まぁね」
「同じ種のテイルズウィーバー同士で関わったりするから、ボクまで巻き込まれたんじゃ……」
「ペンがないな」
「はぁ。何であれ書けていればいいと思いますけど」


 そうして、この改ざんされた"マキシミン・リフクネ"と"イスピン・シャルル"が別の舞台に複製された。彼がイスピンの腹から血を掬ったところで、この書庫での記憶は途切れている。









April.2009 
スチールシャドウに捧げる詩Presents